昭和の香りただよう純喫茶には、そのお店ならではのストーリーや、おいしいコーヒー、そして食事があります。ともに1996年生まれの俳優・見津賢と写真家・ヨシノハナが、東京のさまざまな純喫茶をたずねる本連載。映画監督・写真家として活躍する枝優花さんをお招きした今回は、神田の「珈琲専門店 エース」で、枝さんが創作のときに考えていることや、社会に対する憤りなどを、ざっくばらんにお話しいただきました。
「演出」するときに考えていること
見津賢(以下、見津) 先日、あるMVの仕事で「すれ違っていく男女」を演じさせてもらったんですけど、緊張してしまって……。
枝優花(以下、枝) そうなんですね。私もこのあいだ撮影させていただいたMVで、今までやってこなかった恋愛ものを「これを機にやってみよう」と思ってやりました。結果、他人の恋愛に興味がないということに気付くという(笑)。
見津 演出するうえで、あまり魅力的に感じないからですか?
枝 男の子が女の子を追いかける、という曲なんですけど、恥ずかしくて「うああああ!」ってなってしまって。やりづらかったです。恋愛、難しい……(笑)。
見津 演出するときは、実体験からくるものなのか、いろんな作品を見て情報を得るのか、どちらでしょう。
枝 実体験を基にすることも多いですが、恋愛ものの作品を見るのも好きです。ただ、こと自分が演出するとなると、こっぱずかしくなる部分があるし、繰り返しになりますけど、本当に人の恋愛がどうでもいいので……(笑)。
2人の関係性というよりも「個」の感情の動きのほうが好きなので、片方だけの気持ちを描いているほうが合っているなと思うんです。
ただ、高校時代の実体験なんか、もう忘れちゃって思い出せないですよね(笑)。自分としては、ときめくよりも、悲しい感情のほうが演出しやすいです。
見津 というお話をしていたら、名物「のりトースト」と「アメリカンドーナツ」来ました! ここはのりトーストが特に有名ですが、今日の収録でなぜこのお店を指定されたんですか?
枝 いつも行っている、美容院の女性スタイリストさんの紹介です。彼女いわく、せわしない生活の中でここに来て、リラックスしているらしい。
それで、のりトーストをおすすめしてもらって。でも、神田に来る機会が全然なくて行けなかったので、お話をいただいた「この機会にしよう!」と。
喫茶店は、いつもは打ち合わせで利用する場所というイメージです。珈琲西武や喫茶エジンバラ、名曲喫茶らんぶるみたいな、新宿の喫茶店によく行っていますね。プライベートで行く回数が減っちゃったので、今日はうれしいです。仕事ですけど(笑)。
見津 実際に食べてみて、どうですか?
枝 のりトーストにはバターと醤油とのりが入っているので、お餅みたいな感覚で食べられます。パンにこんなに合うんですね。食べたことがありそうでない。
アメリカンドーナツは、中に入っているの、バターなんですね。焼き立てだし、予想していたよりもずっとおいしいです。
見津 枝さんは純喫茶への特別な思い入れはありますか? 撮影された映画『放課後ソーダ日和』のときから、ずっと気になっていました。
枝 純喫茶をテーマにしたドラマを撮ったら、香港からクリームソーダの企画をと言われて行ってきたんですね。でも、アジアでは「純喫茶」なる文化を見つけられなくて。日本独自のものかもしれません。
また、ドラマを撮っているときに、「廃れていく文化だと思っていたけど、若い子がこうやって作品として取り上げてくれてうれしい」と言われて、ある世代の人には本当に大切なものなんだと気付きました。
純喫茶に行ったことのない人は、入りづらい印象を持っているかもしれませんが、自分が介在することでハードルが下がるならどんどん下がっていいと思うんです。
インスタ映えや暇つぶしのためにクリームソーダを飲むことの、どこが悪いことなんだろうと思うんですね。楽しみ方は人それぞれですし、間口を広げることは大切。文化を廃れさせたくないということを、ものを作るようになって、考え始めるようになりました。
映像・写真・舞台それぞれの違い
見津 枝さんは映像もされているし、スチール(写真)もされていますよね。それぞれ視点や考え方は別物だと思うんですけど、その違いを枝さんはどう考えていますか?
僕も写真を撮るお仕事をさせていただくこともあるんですけど、古いものに惹(ひ)かれてしまうので、フィルムでよく撮影しているんですよ。こういう純喫茶もそうですけど、レトロなものっていいですよね。
枝 あんまり意識してはいないんですけど、使っている脳みそは違いますよね。映像は演出など多角的な労を求められますし、スタッフの数もぜんぜん違います。携わっている時間も長い。
写真は、もう少し瞬間的に、自分の感覚を楽しめるツールという認識です。もちろん広告のお仕事だと求められることは増えますが、「今その瞬間」を切り取ることができるので、そういう意味で楽しんでいますね。
写真と映像だと、まだやったことはありませんが、舞台との違いも引き合いに出せるんじゃないかなと思います。舞台は構築型で、映像のほうが瞬間的、写真はさらに刹那(せつな)的というか。
私自身について言うと、飽き性だから、両方やっているとちょうどいい、というのはあります。でも自分の中で一番やりたいのは映画で、そのための試行錯誤としての写真、なのかもしれません。
見津 以前、映画やCMなど幅広いフィールドで活躍されている監督が、すべての現場で重要視しているのは、現場の空気作りと言っていたんですけど、枝さんはどう作っていますか?
枝 難しいですね……。結局、自分の撮影班が〇〇組と、私の名前になってしまいますよね。それは怖いことだと思います。「枝組」の空気はこうだ、と絶対に共有されますし。
細かい話ですけど、スタッフィングから考えますね。相性があるので。あとは必ず、この人がいれば絶対に作品に没頭できる助監督を主軸にそろえます。キャスティングと一緒ですけど、バランスを見ますね。
でも、私がこうしたいから、というよりもあくまで作品が軸です。作品に合わせて構築していく感じ。キャストやスタッフさんも、誰でもいいからではなく、「あなたにお願いしたい」という気持ちは、いつも大事にしています。
「若い女性監督」であることは絶対についてまわりますし、事実、現場では年上の方が多いケースがよくあって。そこで円滑にするためには、小さいですけど、たとえばカットを撮り終わったら、「照明すごくよかったです」と本人に伝えること。
こびるということではなく、思ったことは言葉にしてなるべく伝えようと思っています。プラスの感情は特に。そういう細かい部分から現場の空気は作られていくし、その空気は必ず映像に映るので。
今の社会に対するモヤモヤ・憤り
見津 枝さんが、今の社会にモヤモヤしているということを、この連載の担当編集者から聞かされて。執筆されたコラムや、該当する大量のツイートが送られてきたんですけど(笑)、自分としてもすごく気になるところで。
枝 すべてにモヤモヤしていますね……。雑誌『装苑』に書いたんですけど、私はフリーでやっていて、お金の交渉、確定申告などを自分でやらないといけない。まず大前提として、お金のことを、学校でどうして誰も教えてくれなかったんだろうって思う。
最低限、生活していく上で、月にいくら必要かということを教えてもらう機会ってほぼゼロですよね。お金の話を親としたのも最近のことです。それは、聞いてはいけないと思っていたから。
たとえば、お仕事をもらえるのはうれしいけど、金額を提示されないまま進んでいって、「私から聞けば良いんだけれど、聞きづらいこの気持ちは何?」とか。
フリーランスで生きていくためには必ず考えることだけど、そこですごくモヤモヤしてしまって。日本人の持っている暗黙の了解や、つつましいこと、それって美徳でもあるんですけど、自分たちのメリットにはならないと思うんですよ。
クリエーターなどの同世代の友人と、そこは変えていかなければいけないし、インスタで回っている節約術・節約は良いことだけど、お金を稼ぐことも同じように良いことだということを話しています。
(ここでヨシノさんも参加)
ヨシノハナ 私もフリーの写真家なので分かります。ただ、お金の提示をあいまいにする人もいるけれど、その企画が自分にとってお金以外のメリットがあるなら私はいいと思っていて。お金には代えられない価値がある仕事ならそれでいいと思っています。
でも本当にメリットが見つからない仕事は、なんでこれをオファーしてきたんだろうと思って「おかしくないですか?」と言ってしまいますね。線引きが重要だと思います。どこまで許していいかは、自分で決めておかないといけない。
見津 枝さんは自分に対するモヤモヤもあるし、社会に対するモヤモヤもあって、例としていくつかあげていましたよね。ご自身に対する“ゲンナリ”もそうですけど、社会に対してどんなことを思っていますか?
枝 うーん、私は日々生活をしていて男女格差のストレスを感じることは少ないんです。でもそれは声を上げてくれた先人がいるからこそ成立しているもの。でも最近自分が無自覚というか、慣れすぎていて気付かなかったと思い知らされることも多くて。
具体的な話をすると、女性の性被害に対して「肌を見せるかっこうをしていたのが悪い」「夜道を1人で歩かなければいいのに」「女なのにどうしてオートロックの2階以上に住まないの?」みたいな「自己防衛しないやつが悪い」という理論で展開されていくことが多くて。げ~、Twitterの世界だけじゃないんだ~とドン引きしていました(笑)。
ちょっと前に、献血ポスターの問題(*)が起きたことがありましたよね。フェミニスト VS ヲタクの争いが勃発し、結果的に「表現の自由」問題にまで発展し……。男女というと主語が大きすぎる気がしますが、互いの中で断絶が起きてしまった。どうして分かり合えないの?と思います。
育児についても、子どもができたら職場に戻れないという話も聞きます。少子化改善をしたいはずなのに、子どもを産み育てる人たちに優しい社会は一向にやってこないですよね。そういう矛盾や言葉にできないモヤモヤがたまっていっていて。
(編注:日本赤十字社が制作した献血を呼びかけるポスターに使われた女性のキャラクターが、過度な性的描写ではないかと指摘された)
見津 昔からそうしたことに対して自覚的だったんですか?
枝 いえ、ここ3年くらいですね。そういった映画やドキュメンタリーを見るようになってから、気づきました。男女が平等になることは難しいと思うんですけど、女性の感じる苦しさがなくなることは、男性が損することじゃないと思っているんです。
女性が働きやすくなれば、働くことがすべて!のような男性への呪縛、負担は軽減されるんじゃないかなと思うし、どうして男性と女性はいがみ合わないといけないのか、疑問です。
こういったモヤモヤを作品に落とし込むべきだと思っているので、今企画を立てているんですけど、そっちに昇華させるのが自分の役割ですよね。 私の同世代は、やっぱりみんな同じことを考えていて、自分だけが抱えていたことじゃないというのは発見でした。議論もできて、面白いです。
(ゴールデンキャメル530円、ドブロブニク風ナッツミルクティー610円、のりトースト200円、アメリカンドーナツ260円 すべて税込み価格)
珈琲専門店エース
東京都千代田区内神田3-10-6
電話:03-3256-3941
営業時間:月曜~金曜 7:00~18:00 /土曜 7:00~14:00(モーニング 10:00まで)
定休日:日曜・祝日
(文・構成=岡本尚之 写真=ヨシノハナ)
枝優花(えだ・ゆうか)
1994年、群馬県生まれ。映画監督、写真家。初長編映画『少女邂逅』が新宿武蔵野館を始め全国公開し、二ヶ月のロングランヒット。香港国際映画祭や上海国際映画祭に招待。バルセロナアジア映画祭では最優秀監督賞を受賞。indigo la End や KIRINJI など数多くの MV の監督も担当。エッセイを寄稿した『私の好きな街』(ポプラ社)が発売中。
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PROFILE
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見津 賢
1996年神奈川県出身、青山学院大学理工学部卒業。在学中に始めたモデル活動をきっかけに芸能界に入る。現在はCMやドラマ、映画などに出演している若手俳優。
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ヨシノハナ
1996年東京都出身。東京造形大学デザイン学科写真専攻を今年3月に卒業。 元フォトグラファーの父の影響で写真を始める。 雑誌やファッションブランドのルックを撮影するほか、個展など多方面で活動している新進気鋭の写真家。
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December 27, 2019 at 10:10AM
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