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テクノスリラー小説『The Passengers』が描く、自律走行車が溢れる“10年後”のリアルな社会 - WIRED.jp

※レヴュー記事にはネタバレにつながる描写が含まれていることがあります。十分にご注意ください

映画『ワイルド・スピード ICE BREAK』が本格的にクレイジーな展開に転じるのは、シャーリーズ・セロン演じる悪役が配下のハッカーに「雨を降らせて」と命じるときだ。

従順な部下がコンピューターのキーを数回叩くと、ビル駐車場の上階に停めてあった無人のクルマがひとりでに動き始め、何台ものクルマがフェンスを突き破ってマンハッタンの道へと降り注ぐ。大量のクルマが路上に積み重なったせいで、ロシア国防大臣が乗ったリムジンは立ち往生だ。そこに、ヴィン・ディーゼル演じるドミニク・トレットが電動のこぎりを手に現れ、「核ミサイルの発射コード」が保管されたブリーフケースを盗んでいく。

「ワイルド・スピード」シリーズ作品のほとんどがそうであるように、この筋書きもまた現実世界の一角をポップコーンのように何倍にも誇張し、そこに抗いがたい魅力を付け足したものだ。「クルマとは、中に乗る人間の拡張である」という、このシリーズの根底にある考えを踏まえると、『ICE BREAK』がクルマのハッキングについてこれ以上のシーンを追求していないのは意外である。

とはいえ、本作においてプロデューサーを駆り立てたのは、おそらく「自律走行車の軍団」というアイデアだったのだろう。悪役が、ごく普通の無人のクルマをただハッキングするシーンですら楽しいのである。悪役が乗客のいるクルマをハッキングするシーンなら、制御不可能であるという恐怖がさらに映画を盛り上げるはずだ。

10年後の未来が舞台のテクノスリラー

ただし、これは前代未聞のアイデアではない。現実世界で自律走行車を目にすることはまだ少ないが、ドラマや小説といったフィクションにおける設定には、これまでも自律走行車が何度も登場してきたからだ。

なかでも、Netflixのオムニバスドラマ「ブラック・ミラー」の殺人エピソードや、『ニューヨーカー』誌に掲載されたT・コラゲッサン・ボイルの短編「Asleep at the Wheel」は特に痛烈だ。どんな発明であれ、結局はアホなティーンエイジャーを数人殺すのだということを思い出させてくれる。

テクノスリラー専門の英国人作家、ジョン・マーズの『The Passengers』も、そんな作品のひとつだ。

作品では、絶対的な力を握るハッカーが、複数の自律走行車のなかに8人を閉じ込め、それぞれに衝突不可避のコースを走らせる。そして後述する「陪審団」に対し、生き残る人間を1人だけ選ぶよう要求するのだ。

『The Passengers』の舞台は、いまから約10年後の未来。まだ完全自動運転で走るクルマが普及して間もなく、英国政府は野蛮で危険極まりない「人間による運転」を廃止しようと動いている。

作品で描かれるのは、自律走行車に閉じ込められた8人のうち5人の物語と(ほかの3人は早いうちに爆死する)、リビー・ディクソンという若い女性の物語だ。

ディクソンは、超秘密主義の「Vehicle Inquest Jury(車両審問陪審団)」に選任され、1週間の責務に就いている一般人。彼女が参加する陪審団は、運輸大臣と、英国医事委員会(GMC)ならびに法的サーヴィス局(LSB)の各代表者のほか、全宗教を代表する「宗教多元主義者」1名と、交代で専任される民間人1名で構成されている。その役目は、自律走行車が人間を殺した場合に事故を検証し、クルマと人間のどちらに非があるのか責任の所在を認定することだ。

物語のなかでディクソンは、陪審団が「被害者」という言葉を好んでいないことに気づく。運輸大臣は言う。「人間が非合法的に殺された、とわれわれが判断しない限り、被害者は存在しないのです」。この大臣は物語が進むにつれ、単なるクズから悪役へと転身する。

本書は英語で300ページを超える長編小説だ。そのなかでは、ハッカーによる死の宣告から実際の衝突までの間に、人質それぞれの生い立ちや過去がメロドラマ風に語られている。加えて、ひねりがたくさん盛り込まれた意外な展開から、それぞれに陪審団に知られたくない隠しごとがあることも明らかになっていく。

そして物語は、最も重要な事実が明かされる場面へと向かう。すなわち、「トロッコ問題」に直面したときの自律走行車の対応が、政府が公に説明してきた内容と合致しないことが明かされるシーンである。

現実味のあるディテール

『The Passengers』は、ページを繰る手が止まらないほどわくわくする小説だ。実際に家に帰りつくのが待ちきれず、道を歩きながら最後の場面を読んでしまった。テンポのいいストーリー展開も、著者の垢抜けしない文体をうまく補っている。

垢抜けなさは、少々無理のある筋書きの一部についても言えることだ。ハッカーの計画の成功可否は、(部分的には)動脈瘤が完璧なタイミングで発生するかどうかにかかっているし、78歳の女性人質は、なぜか飲み切れないほど多量のブランデーをクルマに持ち込んでいるらしい。しかも、最も極端で予想外の場面については、説明もされなければ根拠も示されない。最後に、黒幕がすべてを説明をするときでさえもだ。

伏線は、強引か不適切かのどちらかだ。復讐のための計画というのは予想通りだが、その背後にある理由はまったく理にかなっていない。

自律走行車は、(復讐計画ではなく)日常的な世界をどうかたちづくっていくのか──。その経過を追っている立場から言わせれば、本書の最良の点は、マーズが小説内の世界を構築していく過程にある。彼は一定の間隔で、リアリティあふれるディテールを差し込んでいる(小説のなかで描かれる「自律走行車に完全に切り替わった世界」が、10年後というよりは50年後にしか見えないとしても)。

例えば、高額な保険料と税控除を理由にロボットカーの利用へと駆り立てられていく人々や、古いクルマでソフトウェアが更新できず、新しいクルマを買わざるを得なくなる所有者たち、そして貧しい人向けのドックレス(乗り捨て可能)シェアバイクが川に捨てられる様子などだ。

現実世界の悪役は誰に?

こうしたリアリズムにもかかわらず、マーズは筋書きの多くを、ソーシャル・エンジニアリングをしたい政府のせいにしている。ストーリーテリングという観点から見れば、政府が悪の勢力という話は納得できるものだ。しかし、わたしたちの生活に対して企業がもつ、重大かつ拡張し続ける役割を、この物語は無視している。

未来の自動車がどう機能するかを決めるのは、国家ではなく、グーグルやUber、アマゾンのようなグローバル企業になるだろう。そして、そうした企業が犯すであろう罪は、殺人ではなく、わたしたちからデータやお金を搾り取るための操作である。

そうした「ありふれた悪」が主役になる小説は、マーズが『The Passengers』で描いたものよりも軽いタッチになるだろう。最もスリルに富んだホラーストーリーとは、「避けては通れない真実」の物語なのだ。

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