(疑似)ワンショット映画
この映画が全篇疑似ワンショットで撮られていることは、あまり強調すべきではないかもしれない(疑似という言い方をしているのは、オープニングからラストシーンまでほんとうに一度もキャメラを止めずに撮られているわけではなく、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)がそうだったように、ほんとうはつなぎ目があるところを、デジタル処理によって連続しているように見せかけている箇所があるからである)。というのは、この映画を紹介しようとする人間は、全員判で押したように「(疑似)ワンショット映画」だと言うだろうから——実際わたしも、たったいまそう言ったわけだから——これから観る者はまずテクニックに目が行ってしまうだろうし、観ていない者はといえば、テクニック偏重の映画に違いないと思いこんでしまうかもしれないからだ。しかし実際はこの映画は、テクニックにだけ走っているわけではなく、極限状態に置かれた人間が感じる恐怖、人間の弱さと強さ、共感能力の豊かさ、そして尊厳までをも力強く描いている。
だが、にもかかわらずやはり、この映画が疑似ワンショット映画であることは強調されねばならないだろう。なぜなら、先に述べた力強い人間描写はこのテクニックと不可分であり、また、このテクニックを採用したからこそ可能になったものであるからだ。
物語は、監督サム・メンデスが、第一次世界大戦時に従軍していた祖父アルフレッドから聞いた「断片でしかない話」を基にしているという。メンデスはそこから大きく話をふくらませた。1917年4月6日、膠着状態にあるフランスの西部戦線で、まだ少年のような面影の残るふたりの英軍兵士、スコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)は、撤退するドイツ軍を追撃中の、マッケンジー大佐率いる部隊への伝令を命じられる。実はドイツ軍の撤退は、万全の布陣へと英軍部隊を誘いこみ、全滅させることを目的とした罠だというのだ。通信手段はすべて切断されているうえ、大佐の部隊へたどり着くまでには、ドイツ軍が仕掛けたトラップや、ドイツ軍占領下の町を越えていかねばならない。果たしてふたりは、マッケンジー大佐率いる1600名の命を救えるのだろうか?
この映画の驚異的な撮影を実現したのはロジャー・ディーキンス。『ブレードランナー2049』(2017)でアカデミー賞撮影賞を受賞して無冠の巨匠の呼び名をとうとう返上し、本作でも同じ栄誉に輝いた彼だが、筆者にとっては、ドゥニ・ヴィルヌーヴの孤高のヴィジョンを完璧に実現した『ボーダーライン』(2015)と、サム・メンデスとタッグを組んだ『007 スカイフォール』(2012)の美しさがとりわけ忘れがたい。本作で彼のキャメラは、あるときは併走し、あるときは回りこみながらスコフィールドとブレイクを追い、またあるときはふたりの周囲をぐるりと見回して、彼らが置かれている状況を余すことなくわたしたちに伝え、文字どおり彼らの立場にわたしたちを立たせる。このなめらかな推移を実現するために、どれだけの労力が段取りに費やされたのかを考えると気が遠くなりそうだ。
恐ろしいことにワンショット撮影の映画は、どんなに恐怖を感じる事態になってもカットを割って次の場面に飛んではくれないから、戦場にいる彼らと同様、観ているわたしたちにも逃げ場はない。わたしたちは彼らとともに耐え抜き、ただ幸運が味方してくれることだけを祈りつづけることになるだろう。
ぎりぎりの状態に対峙しつづけたあげく、やがてこの世の果てが訪れる。スナイパーの狙撃を逃れたスコフィールドが、爆弾の降る夜の町を、ひたすら走りつづけるシーンがそれだ。ここでディーキンスの撮影はいよいよ極点に達する。出口の見つからない迷路をぐるぐる駆けまわる、睡眠中にわたしたちが見るおなじみの悪夢にも似たこの場面は、夢幻的な闇と光に彩られ、この世のものとは思えない崇高な美しさがある。臨死状態の人間が見るという風景は、もしかしたらこのようなものではあるまいか。あまりの甘美さに、恐怖のただなかにありながら陶然とせずにはいられない。
スコフィールドとブレイクを、名の知られたスター俳優が演じていたら——実際、企画始動時にはトム・ホランドが主演する可能性もあったらしい——この映画がもたらす感触は、まったく違ったものになっていただろう。あまりなじみのない若い俳優たちであるからこそ、彼らの運命はとてもはかなく頼りなげに見える。一方それ以外の役は、マッケンジー大佐をベネディクト・カンバーバッチが演じているほか、コリン・ファース、マーク・ストロングといった存在感のあるスターが配されて、映画をきりりと引き締める。トーマス・ニューマンの音楽がもたらしている効果も重要だ。
ラストシーンに差し掛かるころ、それにしても、とわたしたちは思う。それにしてもこの映画には、あと30分早くたどり着いていたら、いや、せめてあと3分早ければと言いたくなる瞬間が何度あったことだろう。紙一重で間に合わないことが世界には多すぎる。それでもスコフィールドとブレイクは全力を尽くす。報われるかどうかを疑うひまも、涙を流すひまもなく、ひたすら前進するふたりの歩みは、圧倒的に不条理な世界に対する無力な人間の闘いのようであり、世界の怒りを鎮めようとする無私の祈りのようでもある。
映画『1917 命をかけた伝令』
2月14日(金)全国ロードショー
(c)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
配給宣伝:東宝東和
上映時間:119分
1917-movie.jp
篠儀直子(しのぎ なおこ)
PROFILE
翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)など。
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February 14, 2020 at 06:00PM
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全篇ワンショットで描く若き兵士の1日──映画『1917 命をかけた伝令』 - GQ JAPAN
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