[名画の読解力]
画家の印象をそのまま描く─印象派
本書で取り上げるのは、「物語を紡ぐ絵画」です。つまり、作品の背後に語られる物語があり、描かれた人物やモティーフに意味が託され、メッセージが込められている。わたしたちはそこに紡がれる物語を読み解いていくことを求められています。こうした絵画の見方を習得するのは少々やっかいで、時間のかかるものかもしれません。けれども、ひとたび、読み方を習得するならば、絵画作品はもっと深くわたしたちに語りかけ、知的な喜びと興奮を与えてくれます。
反アカデミズム精神を貫くマネ
印象派とは、刻々と変化する事象を画家個人の目でとらえ、その“印象”をカンヴァスに描くことをモットーにしています。そこに社会批判の目はなく、市民社会の健康的な雰囲気が漂ったものが大半を占めていました。ですが、今でこそ人気の印象派は、活動当初は厳しい批判の声にさらされていたのです。
というのも、彼らが登場した19世紀後半のフランスは、17世紀にルイ14世治下に創設された王立絵画彫刻アカデミー(美術アカデミー)が生き延びていて、その主流をなすのがやはり新古典主義の理念を受け継いだアカデミックな画家たちでした。歴史画をトップとするヒエラルキーのもと、筆触の跡が残っていないデッサン重視の絵がメジャーでした。つまり、風景画を現場で描き、色彩に重きを置く印象派とは相容れないものでした。
そして、当時画家が自身の作品を発表する場は、美術アカデミーが主催するサロン(官展)しかありませんでした。もちろん、その審査基準もアカデミーの価値観が反映されたものです。ですから、印象派のメンバーは自分たちでグループ展を開くしか道はなかったのです。
その草分け的存在が、エドゥアール・マネです。彼自身はサロンでの成功を目指していたので、印象派グループ展へは参加していませんが、印象派を語るうえで外すことはできない重要人物です。マネの代表作《草上の昼食》(図1)は、印象派の夜明けを告げる作品といってもいいでしょう。
本作は、サロンの落選展に出品されたものです。当初は《水浴》というタイトルでしたが、4年後の個展のカタログでは《草上の昼食》と改題しています。前景3人の構図こそラファエロ原画の版画を模範にしていますが、実際に描かれているのは同時代の服装を着ている男性と、裸の女性です。このことが「不謹慎だ」と発表当時物議を醸しました。というのも、当時女性の裸体像といえば、宗教画と神話画のみ許されるという暗黙のルールがあったからです。
つまり、マネは裸婦をヴィーナスではなく、明らかに娼婦だとわかるように描くことで、神話を言い訳にした当時の裸体画鑑賞の慣習に一矢報いたのです。
マネのそうしたタブーなき表現姿勢は、印象派の画家たちに大きな影響を与え、印象派の始祖、そして「近代絵画の父」と呼ばれるようになりました。ただ、マネがいきなり新しいことをやったわけではなく、あくまでもロマン主義やレアリスムの画家たちが新しい絵画を求めて模索してきた道の延長線上にマネが誕生したということを忘れてはいけません。
一般市民の生活を色彩豊かに表現したルノワール
肖像画の名手として名を馳せたルノワールにとって、風景画を描くのに適した「筆触分割」の技法には限界を感じることもあり、次第にそのスタイルは変化していくことになります。実際、1879年の第4回印象派展以降は参加しておらず(第7回は参加)、サロンを発表の場としていました。そうした彼の転換期の作品が《舟遊びの人々の昼食》(図2)です。
今にも笑い声が聞こえてきそうな本作は、明るく柔和な光彩に満ち、「生きる喜び」にあふれています。ルノワールはこのように、ごく一般的な中産階級の人々のにぎやかで楽しいひとときを描くことが得意でした。
このように、いかにも印象派らしい作品ですが、よく見ると、奥の男性のハットには印象派では使用することのない黒が大胆にも使われているなど、印象派の枠にとらわれない自由な表現方法を模索していることがわかります。
その後ルノワールはラファエロやアングルなどの作品に影響を受け、古典的な画法にもチャレンジするようになりました。晩年はリウマチの影響で思うように筆を動かすことができませんでしたが、妻や3人の息子など身近な家族の献身的なサポートを受け、幸せな最期を迎えたといいます。
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February 25, 2020 at 09:06AM
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