
『夕鶴』をはじめ、『オットーと呼ばれる日本人』、『子午線の祀り』などで、戦後日本を代表する劇作家・評論家として知られる木下順二。彼が1964(昭和39)年、前回の東京オリンピックの年に発表したのが、この『冬の時代』だ。1910(明治43)年に幸徳秋水をはじめとする社会主義者やアナキスト(無政府主義者)が逮捕され、12名が死刑となった大逆事件。その後の社会主義者たちの“冬の時代”を背景に、実在の人物をモデルした若き活動家の姿を描く。3月中旬、須賀貴匡や宮崎秋人、壮一帆らが顔を揃えた稽古場を訪れた。
物語は大正時代の初め、東京の四谷で渋六(モデルは堺利彦/須賀)が設立した売文社に、互いをニックネームで呼び合う社会主義者やアナキストの面々が集う場面から始まる。渋六や飄風(大杉栄/宮崎)、ショー(荒畑寒村/青柳尊哉)は、数年前に起きた赤旗事件で逮捕された時のことや、その後の大逆事件への影響について議論する。学者でもあるノギ(高畠素之/池田努)が口を挟み、彼らに憧れる年若い社員も盛り上がる中、原稿製作・翻訳・代筆業を請け負う売文社には、手紙の代筆を頼むお婆さんや、論文をまとめてほしいと言う大日本義勇奉公会の老人などさまざまな依頼者がやってくる……。
稽古場に入ると、そこには着物を身につけた須賀や宮崎らの談笑する姿が。俳優陣の多くは無精ヒゲ。稽古場の隅に片付けられた古い木の机や椅子もあいまって、彼らのアジトに潜り込んだような不思議な感覚に陥った。“社会主義者たちの物語”と聞いて気負っていた気持ちも、稽古が始まると、その緊張はやや的外れだったことに気づく。飄風やショー、ノギらの社会を憂う言葉は一見激しいようだが、いつの時代も変わらない若者の鬱屈と分かってくる。気になる女子にちょっかいをかけるなど、微笑ましい場面では笑いもこぼれる。
一方、年長の渋六は、彼らと共にありながらも「今は時機を待つとき」と穏やかに諭す。突っかかるような議論を展開する切れ者だが危うさを感じさせる飄風と、“生活”について説きながら目の奥に静謐さを漂わせる渋六。ふたりのさりげない対比が、若者たちの群像劇を引き締める。
思想や活動を活写するのに今ではやや難しいと感じる単語も頻出するが、役者陣のセリフになると血肉が通い、意外なほどにすんなりと伝わってきた。それは木下順二のセリフが持つ強さであり、もちろん須賀や宮崎ら役者たちの実力でもある。さらに言えば、不寛容と同調圧力が高まりつつある今の世相が、当時と驚くほど似通ってきたこともあるのかもしれない。
演出の大河内直子は英国の王立演劇学校で学び蜷川幸雄のもとで演出助手を務め、自ら手掛けた演出作品でも高い評価を得ている。本作の上演を決めたのも、大河内自身だという。いま再びの『冬の時代』。じっくりと味わいたい。
公演は3月29日(日)まで東京芸術劇場シアターウエストにて上演。
取材・文/佐藤さくら
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