Search

韓流ドラマ「愛の不時着」が描く、ポスト#MeToo時代のヒーロー像。 - VOGUE JAPAN

物語は、韓国・ソウルに住む財閥令嬢で起業家のユン・セリが、パラグライダーの事故で北朝鮮に不時着するところから始まる。※Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」独占配信中。

韓国ドラマ「愛の不時着」の人気が続いている。Netflixでは公開後7週間が経っても総合トップ10入りを保ち続けており、原稿を執筆している4月14日時点で3位だ。メインテーマは北朝鮮の将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)と韓国の女性経営者ユン・セリ(ソン・イェジェン)の38度線を超えた愛。ジョンヒョクは父が総政治局長という権力者、セリは財閥令嬢という設定。まさに現代版「ロミオとジュリエット」である。

従来の韓流ファン以外にも幅広い支持を広げており、特に専門スキルを持つ女性たちから熱い支持を得ている。私の周りでも、経営者、企業管理職、編集者、記者、翻訳家、弁護士、さまざまな分野の研究者が「不時着」を見てその魅力を語っている。

中でも「大好きなシーン」と多くの人が口をそろえるのは、第4話のラスト近く。北朝鮮の市場で迷子になったセリが途方に暮れていると、ジョンヒョクがアロマキャンドルを片手に探しに来てくれる。数日前には普通のろうそくとアロマキャンドルの区別がつかなかった彼は「今回は香りがするろうそくだ。合ってる?」とセリに尋ねる。

これは単なる「胸キュンシーン」ではない。

まず、アロマキャンドルなど知らなかった、ジョンヒョクの質実剛健な半生が垣間見える。加えて「君を探していた」などと陳腐なことは口にしない潔さ。何より、自分が手にしているものが、相手の希望と合っているか確認する行動が重要だ。ここに、ドラマ全体を貫くジョンヒョクのセリへの態度が表れている。彼女が困っている時、自分が行動するのは当たり前。何より大事なのは彼女の意思が尊重されることだ。

「有毒な男らしさ」へのアンチテーゼ。

セリを無事に韓国に返すべく、ジョンヒョクは自らの命も顧みずに画策する。

メロドラマらしく、2人は離れたり再会したりを繰り返す。その際、ジョンヒョクはセリに「ケガはない?」と尋ねることが多い。自分は想像を絶する苦労をしていても「何でもない」「大丈夫だ」と強がってみせる。

いかにも古風な男性に見えるが、その言動は極めて現代的であり、ポストMeToo時代にふさわしい。それは、2人の恋愛が極めて抑制的に進行するところに表れている。お互いに好感情を抱いていることは2~3話目で分かるのに、関係はなかなか先に進まない。30を過ぎた男女が自転車2人乗りや、他人越しに目を合わせてそらす様子は中学生のようだ。

注意深く見ていると、2人の恋愛関係を深める役割は、主にセリが担っていることに気づくだろう。パラグライダー事故で軍事境界線を越え、北朝鮮に来てしまったセリは、前哨地をパトロールしていたジョンヒョクと偶然に出会う。彼女は初対面から数分で言う。「顔は好みだわ」と。

その後もセリは「一緒に記念写真を撮ろう」と誘ったり、別れ際にジョンヒョクが握手の手を差し出すと「最後くらい、抱きしめてよ」と言ったりする。しかし、ジョンヒョクには親が決めた婚約者がいて、セリとの間に一線を引こうとする。

自分の能力だけを頼みに起業し上場までこぎ着け、ソウル有数の高級住宅地で暮らすセリは、芸能人やスポーツ選手と浮名を流してきた。恋愛には慣れている。一方のジョンヒョクは生真面目で恋愛経験はない。その本棚にはセリから見れば「暗くて難しい本」ばかりが並んでいる。

軍人という設定やセリを守るための大胆な行動は伝統的な「男らしさ」に見える一方、ジョンヒョクには、いわゆる「有毒な男らしさ(toxic masculinity)」が一切ない。「有毒な男らしさ」とは、感情や弱さを「男らしくない」として隠そうとする一方で、女性に対して暴力的にふるまったりすることを指す。心理学やジェンダー学の分野で使われていた概念が一般にも浸透したものだ。

自立した女性たちが望むもの。

勇敢で寡黙なジョンヒョクは、一見するだけでは伝統的な「理想の男性像」そのものに映る。しかしその言動は常に、利他的な優しさに支えられている。

有毒どころか、ジョンヒョクの言動はむしろセリにとっては解毒剤になっている。家族関係で心に傷を負ったセリにとって、彼が手料理を作ってくれたり、仲間を交えて食卓を囲んだりすることは、心のリハビリになる。北朝鮮でジョンヒョクやその部下と共に、セリがおこげ、ラーメン、貝、ゆで卵、焼きトウモロコシ、唐揚げ等を美味しそうに食べるシーンは印象的だ。ソウルでは「ソーヴィニヨン・ブランしか飲まない」生活を送っていたのに、北朝鮮ではビールも焼酎も皆と一緒に美味しく飲んでいる。

北朝鮮における素朴かつ幸せそうな食事シーンは、ソウルの実家で豪華な食事を前にして、全く箸をつけないセリの様子と好対照をなす。周囲の人と信頼関係があるからこそ、食事は喜ばしいものになる。

セリが「よく食べ、よく眠れるように」心を砕くジョンヒョクの優しさは、彼女の心を生き返らせ、他者への信頼を取り戻す。また、当初は冷淡で無表情だったジョンヒョクは、セリとの関係が進展していくに従って心配したり嘆いたり泣いたりするようになる。ジョンヒョク自身、好意をストレートに表すセリと出会ったことで、押し殺していた感情を取り戻す。それは未来への希望だ。

財閥令嬢とはいえ、自らの実力で人生を築き上げてきたユン・セリ。家族との軋轢から他者との信頼関係を築けずにいた彼女が、北朝鮮で人間らしさを奪還していく姿も見どころのひとつだ。

ジョンヒョクに体現される男性像は、「私の意思を尊重してほしい」という現代女性の願いを反映している。自立して生きられる女性たちは、もはや「俺についてこい」という男性を必要としない。今、自立した働く女性たちがほしいのは、むしろ物語の後半、ジョンヒョクがセリの誕生日に伝えたような言葉だろう。

「来年もその次の年も、その翌年も幸せな日になる。僕が思っているから。生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてありがとう。だからずっと幸せな誕生日になるはず」

裕福な家庭に生まれながらセリが不幸だったのは、自分が生きていることで、最愛の母親を苦しめている……と感じていたからだ。そんなセリが最も必要としていた存在そのものを全肯定する言葉をジョンヒョクが言ってくれた時、彼女にも大きな変化が生まれた。

韓国に訪れた不可逆的な社会変化。

甲斐甲斐しくセリの世話をするジョンヒョクの姿に、性別役割分業などという概念が消滅した世界の理想の男性像を垣間見る。

なぜ、今、このようなヒーロー像が描かれ、支持されるのだろうか。

思い出すのは、昨年、ある国際会議で会った韓国大手メディアの男性管理職から聞いた話だ。彼は「MeToo運動は韓国社会を根本から変えた。もう後戻りはできない」と述べた。権力を背景に、または便宜と引き換えに性暴力をはたらいた男性たちが、相次いで政界から去った事実を話してくれ「僕たち男性は、この変化を黙って受け入れるしかない」と言っていた。

リ・ジョンヒョクが体現するヒーロー像は、急速に変わりゆく韓国社会が、数歩先にファンタジーの形で描いてみせた現代のプリンスと言えそうだ。女性の意思を無視して恋愛行動を進めることは決してない。身近な人、愛する人を大切にし、悲しみや涙を隠さない。経済力のある自立した女性を自然に受け入れ、黙ってそばにいてくれる。

ところで、このドラマは主役2人以外の人物を丁寧に描いたところも魅力だった。私が特に興味深く見たのは「盗聴者」マンボクである。彼は、北朝鮮の残酷な政治体制を示す象徴的な存在として描かれた。

17歳から20年にわたり、北朝鮮秘密警察の「耳」として生きてきたマンボクは、家や車に仕掛けられた盗聴器から、会話などを聞いて秘密警察に報告する。恨みを買うことも多く「耳野郎」という蔑称で呼ばれ、子どもはイジメに遭う。彼に職業選択の自由はなく、時に親しい人の命を奪う手助けをさせられることすらある。

脇役とは言えないほど、彼が果たす役割は重要だ。そして、クライマックス近くで彼が勇気ある決断をするに至るのは、マンボクをひとりの人間として尊重したジョンヒョクの言葉がけにあった。このドラマで形を変えて繰り返し描かれるのは、政治体制の違いを超えた大切な人間愛だ。その多くは家の中、リビングルーム、食卓で展開される。

今、私たちは普通に暮らしていると、新型コロナウイルスに関する報道にどっぷり浸かってしまう。多くのビジネスが休業し、学校は休校、会議もイベントも中止や延期になっている。不安な日々の中にあって、不時着ファンの友だちと語り合うことで、ひとときの安らぎを得られる。「コロナが終わったら、ソウルに旅行しようね」と彼女たちと励まし合いながら、今日も家でパソコンのキーボードを叩いている。

この極めて憂鬱な時期、自宅での仕事と家事労働の合間の時間、心のアロマキャンドルのように希望を与えてくれたのがドラマ「愛の不時着」なのである。私も私の友人たちも、出演者や製作者の方々に、心からお礼を伝えたいと思っている。国境を超えて拡がるウイルスが世界を不安で覆う中、海を渡ってやってきた素晴らしいコンテンツに救われたからだ。

Text: Renge Jibu Editor: Maya Nago

Let's block ads! (Why?)



"描く" - Google ニュース
April 14, 2020 at 06:00PM
https://ift.tt/3cnhbFv

韓流ドラマ「愛の不時着」が描く、ポスト#MeToo時代のヒーロー像。 - VOGUE JAPAN
"描く" - Google ニュース
https://ift.tt/2q5JR3l
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update

Bagikan Berita Ini

0 Response to "韓流ドラマ「愛の不時着」が描く、ポスト#MeToo時代のヒーロー像。 - VOGUE JAPAN"

Post a Comment

Powered by Blogger.