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カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』が描く、歴史からこぼれ落ちる周縁の時間。【VOGUE BOOK CLUB|中村佑子】 - VOGUE JAPAN

『彼女の体とその他の断片』カルメン・マリア・マチャド著

小澤英実・小澤身和子・岸本佐知子・松田青子訳

エトセトラブックス

この小説をどのように表現すればいいのか。言葉が追いついていかないような、強い酩酊感をおぼえた。フューチャリスティックな終末譚、おとぎ話かはたまた古いモノクロ映画にあるような寓話……それぞれがバラエティに富む8篇の短編をまとめた作品集だが、なかでも心に残り、強い陶酔をもよおしたのは『母たち』という、女性同士の愛を描いた短編だった。この作家特有の幻想性を味わっていただきたいので、少し物語を追ってみよう。

ある日、主人公の女性の家に、かつて愛し合った同姓のパートナーが突然、乳飲み子の赤ちゃんを連れてくる。「あなたの子だよ」そう言い残して、パートナーは去る。私の子って?謎は謎なまま、置いていかれた赤ちゃんを、主人公は一人で育てざるを得ない。最初は世話を焼いているが、ときおり赤ちゃんの傷つきやすさに、手を上げることもできると主人公は思う。ダークな彼女の心理も、夢なのか幻覚なのか定かでない、不可思議な物語の運びによって、奇妙な渦に飲まれていく。

やがて主人公の記憶のなかでパートナーと荒々しく傷つけあった場面、別れの渦中で二人のあいだに赤ちゃんがいると妄想したイメージ、お腹を痛めて産んだ記憶などが現れては消える。最後にかつてパートナーと暮らしたらしい場所で、腕に抱いていたはずの赤ちゃんが、成長した少女の姿で現れる。そこには少女の弟もいて、見たこともない彼らの父母らしき人物に引き連れられている。赤ちゃんは初めから存在しておらず幻想のなかの存在だったのか、それとも実際に存在したが失ってしまったのか。虚と実、過去と現在は入り混じり、自分がどこにいるのか座標軸を失うような、幻覚を伴うめくるめく体験があった。

「海は」彼女は言った。「大きなレズだよね。間違いなく」

「でも歴史上のレズじゃないね」とわたしは言った。

「うん」彼女は同意した。「宇宙と時間のだ」 

月経や出産など周産期的な身体を生きる女性たちの時間を「巨大で宇宙的な、円環する時間」と言ったのは、フランスの哲学者ジュリア・クリステヴァだった。一方、この社会に溢れている時間は、線的に積み上がり、誰もがアクセス可能な大文字の歴史につながっていく。しかし歴史がとりこぼしてしまう時間とは? 周縁にいる者たちの時間はどこへいくのか? 女性たちのあいだで立ち昇っていく、この小説が内側にたたえている無意識的な時間は、まさに社会の自明性からとりこぼされる、周縁の時間なのだと痛いように感じた。

ビターでクイアな視点が紡ぐ「感染」の物語。

著者のマルメン・マリア・マチャドは1986年、フィラデルフィア生まれ。デビュー作である『彼女の体とその他の断片』は全米図書賞、全米批評家協会賞など多くの文学賞を受賞しベストセラーに。ペンシルベニア大学でも教鞭を取る。Photo: Art Streiber / AUGUST

作者は1986年生まれ、本作がデビュー作のカルメン・マリア・マチャド。キューバからの移民である祖父の影響で、ガブリエル・ガルシア=マルケスなどに影響を受け、幼少期から物語を書いてきたという。その後ケアワーカーやセックスショップ店員など、さまざまな職に就いたのち、本作でデビューした。レズビアンを公表し、女性パートナーと婚姻関係を結んでいる。そのビターでクイアな作風から数十社もの出版社に断られたのち、2017年にアメリカのインディーズ出版社から刊行されると、瞬く間に9つの文学賞を受賞した。

もう一つ、どうしても気になることが、この小説のなかにあった。作品には何度にもわたり「感染」という言葉が出てくる。8編の作品の主人公は女性ばかりだが、彼女たちの多くが、なんらかの「感染」や「伝染」の予感のなかに身を置いているのだ。緊急事態宣言下の公園で読み始めた私は、白いページから文字が浮いて蠢きだし、まるで文字がウィルスそのものとなって、風に乗って運ばれてゆくような錯覚を覚えた。

たとえば収録作のひとつ『リスト』では、目に充血が現れる死に至る感染病が描かれ、感染は隣の州にまで迫りきている。ゾンビが近づいてくるような、感染が刻一刻と悪化するプロセスと、主人公がこれまで関係を持った相手を思い出し、情事の「リスト」を記憶のなかで積み上げるプロセスが交錯し、世界は終末に向かっていく。

あるいは『本物の女には体がある』もまた、体が失われ透明になってしまう病を伝染させてゆく女性たちを描く。体が消えたあとも、ドレスのなかに身をひそめ、洋服店のハンガーにひっかかっている女性たち。教会のステンドグラスにつかまって、誰からも気づかれないまま透明になってしまった女性は、体が失われているけれど、感情は生きて今も悲しみ、そして他の女性たちに透明化する病を伝染させる。

このもの哀しい話のなかの「透明になる体」とは、文字通り女性たちの歴史を表象しているのだろう。体はあるけれども欲望の対象として商品化され、世話を焼く者として誰かの影になって支え、自分の身体を犠牲にして死んでいった多くの女性たち。彼女たちに体はあったけれど、歴史上長いあいだ、女性たちはほんとうの体を持っていなかった。ほんとうの体を失わされていた。彼女たちはずっと透明だった。

中心から疎外された「透明な者たち」の声を聞く。

マチャドのインスタアカウントには、愛犬との日常や愛してやまないという自宅の様子が頻繁にアップされる。2016年に挙げた結婚式の一コマも(ピンクのドレスがマチャド、その隣が彼女の父)。Photo:  Instagram/@carmenmmachado/Carmen Maria Machado

もしかしたらマチャドのなかでは、女性たちを描くことと感染を描くことは、見えない糸でつながっているのかもしれない。感染とは、個を超えてゆく。ウィルスは個を超えて、種をも横断して伝播されていく。この小説が描く女性や同性愛者、社会の中心からはずされた周縁的な存在は、「社会の抑圧」という個を奪う不可視のウィルスに冒された存在だったと言えるのかもしれない。

そう考えてみるとマチャドの小説が、言葉がとりこぼしていくものの巨大さに触れていると感じるのは必然だと言える。起承転結や歴史的な文学メソッドという、あらかじめ意識された構造もない、一見するととりとめがなく断片的な語りは、はじめがあっておわりが明確にあるものでもない。というよりは、たとえ書くことによってそこに構造が生成したとしても、その構造には従わないということでもあるだろう。ロゴスを超えた、夢想的で連鎖的である語りを、女性的な語りと言って良いのならば、それはつねに中心から疎外され、声を失ってきた者たちの語りだったのだから。

この作品のく揺らめきながら全体が成立するような時間にたゆたうようにしていると、身体の奥から新しい力が湧き起こってくるように感じられた。

Text: Yuko Nakamura  Editor: Yaka Matsumoto


中村佑子|YUKO NAKAMURA

1977年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科哲学専攻卒。 哲学の専門出版社で編集に携わり、映画助監督へ転身。その後、テレビマンユニオンへ。長編監督作品に、『はじまりの記憶 杉本博司』(2012)『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』(15)など。新聞、雑誌で美術評やエッセイを執筆するほか、『すばる』で2年間連載していた論考が、今年集英社から書籍化。

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May 23, 2020 at 05:00PM
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